昨日、おばあちゃんが叔父さん夫婦の家に行きました。日曜日の引越しの日まで預かってもらうことになりました。

なので引越しの荷造りも着々と進み、おばあちゃんの部屋もヨーダの部屋も1階のリビングもガラ〜ンとしています。ちょっとさみしいぞ。毎日うるさいと感じていたヨーダの話す声も今日はなく、テレビの音が聞こえるだけ。

同居はうまくいかなかったけど、別居になってたまに会うくらいならうまくいくかな。クーの顔も見せたいし。
ヨーダの引越しまで1週間をきり、ここでさらに進展がありました。

昨日、ヨーダが腰の重い叔父(ヨーダ弟)を家に呼び、話し合いが行われました。一時、叔父の家でおばあちゃんを預かってもらうことになりました。ヨーダの引越しの片づけが終わるまで・・・という名目だけど、何もしない叔父夫婦に介護の大変さを少しでも実感してもらおうという魂胆らしい。

おばあちゃんは相変わらずで、家の中をグルグルと歩き回っています。週末、2階にいる私たちをひっきりなしに呼び続け「病院に連れて行ってくれ」「薬が飲みたい」と叫んでいました。「病院に行っても治るものではない」、「薬は決まった時間にしか飲めない」、と何度説得してもまたその繰り返しで、昨日の夕方にはとうとう旦那もキレかけていました。

自分の意思とは関係なく、誰も構ってくれないと目が回り、フラフラになり、そして落ち着きがなくなる病気。認知症でも脳梗塞でも高血圧によるものでもないおばあちゃんの困った病気。誰もいないことが分かると、それはそれでちゃんとご飯を食べ、食器を洗い、1人で過ごすことができるのに、誰かが家にいると途端に病気が始まります。仮病ではないのは分かるけど、なんだかとてつもなく仮病に近い気がして、だからおばあちゃんの相手をするのがイヤになってくる。

さて、おばあちゃんを叔父夫婦に預けた後、叔父夫婦はどう動くのでしょうか。期待するだけ無駄だと思うけど少しでもいい方向に動いてくれればいいのですが。
久しぶりに会った友達と2階で楽しくランチしていたら、またおばあちゃんの呼ぶ声。も〜、ホントいい加減にして。楽しい気分も一気に吹っ飛んだ。今朝も午前2時にこの声に起こされた。

おばあちゃんに「救急車を呼んでくれ」と言われたけど、またいつものさびしんぼ病なのでとりあえずヨーダに電話した。すると案の定、「なだめて寝かせておいて」という指示が出た。友達を2階に残し、「我慢できない」というおばあちゃんを何度も説得し、やっと寝かせた。

だけど数分後、また同じことを繰り返し、結局ヨーダが仕事を切り上げて帰って来ることになった。せっかく来てくれた友達も帰り、そして、私はクーを抱っこしながら、おばあちゃんの様子を見てヨーダを待った。ヨーダもおばあちゃんのさびしんぼ病のせいで毎晩起こされ、すっかりお疲れの様子。同情するけど、介護疲れのイライラが最終的にはこっちにとばっちりがきて、とても悪循環な状態です。

誰も家にいないとき、おばあちゃんはゴハンをきれいにたいらげ、食器も洗い、テレビを見たり、寝ていたりする。だけど誰かが家にいると、手が震え、一人でゴハンも食べられなくなる。年をとると、子どもに戻るって言うけど、構って欲しいことをそういうふうにアピールされてもこっちが困る。はぁぁ〜、もうなんとかして。こっちがまいってしまう。
今朝、4時に授乳していたら、階下からトイレのドアの音。

「バタン」

そして、もう一度

「バタン」

「バタン」

「バタン」
「ジャー」
「バタン」
「ジャー」
「バタン」

ドアの開け閉めの音とトイレの流す音が1時間、5時まで続いた。どうやらおばあちゃんのさびしんぼ病、うつ病がここまで悪化したようです。寝ているとき以外はリビングに行って水を飲み、トイレに行って水を流し、それを何度も何度も繰り返しています。本人曰く「じっとしていられない」そうです。

おじいちゃんが亡くなって、おじさん(ヨーダ弟)家族と一緒に暮らし、その後ヨーダに引き取られ、流れに流されるまま、今こうして孫である私の旦那の家に暮らし、そしてその家も今月引っ越していくおばあちゃん。いろんなところをたらい回しにされ、身体も心も病気になって、言っちゃ悪いけどあとは死を待つだけ。私も、おばあちゃんをこうさせてしまった原因の一端を担っていることに責任を感じる今日このごろ。

最近、おばあちゃんの状態を知っているのに何もしない、電話もかけない、お金も出さないおじさんに業を煮やして、ようやくヨーダが連絡をとったようです。
クーが熱を出して、こんなに心配しているのに昨日の夜、ヨーダが携帯でクーの写真を撮りにきた。「撮影会じゃ〜」って携帯をクーに向けてパシャパシャ。ほんっとに無神経すぎる。

そしておばあちゃん。デイケアを2回連続で早退して帰ってきました。「さびしんぼ病」が悪化したらしい。そこで昨晩、ヨーダお得意の○○ちゃんを急遽呼んで、今日から義弟の○○ちゃんがおばあちゃんに夕飯を食べさせることになった。ヨーダが帰ってくるまで義弟にいてもらい、帰ってきたらバトンタッチしてヨーダがおばあちゃんをお風呂に入れることになったそうだ。

とてもじゃないけど、私はおばあちゃんに夕飯を食べさせたり、お風呂に入れたりなんてことはできないけど、なんだかそれじゃ私がいる意味ないじゃん。私は旦那の夕飯と、クーのお世話をしていればいいんだけど、せっかく同じ家に住んでいるのになぁ・・・。でも逆にお願いされてもできないことなので、ここは下手に「私がします」なんて言わないでおこう。

それにしてもおばあちゃんには困ったものだ。1人でいるときとか、私といるとき、つまり甘えられる人がいないときはなんともないのに、そばに優しくしてくれる人がいると、突然歩くのもままならなくなり、フラフラになる。「演技??」って思うけど、無意識に勝手に身体がそういうふうに反応してしまうらしい。

私、きっと別居したらヨーダの家には行かないだろうな。
夕方、私が夕飯の支度をしているときのおばあちゃんは、まるでそこにいない人間のように、テレビもつけずにボーッとしている。前まではテレビを見ていたのに、今はもうテレビを見る気力さえもなく、斜め下を見てうなだれています。

そんなおばあちゃんにイラだち、いつもそっけない素振りをしてしまう。臨月に入って私がこんなにしんどい思いをして夕飯を作っているのに、当たり前のように上げ膳据え膳で、箸すらも目の前に置かれるのを待っているおばあちゃんにうんざりして、もう私の我慢も限界にきていた。

今日もそんな状態だったのだが、夕飯が出来上がる間際になっておばあちゃんが「ちょっと休むから」と言って自分の部屋に行ってしまった。イライラがピークにきていた私は(もう勝手にして!)と思い、2階に自分と旦那の夕飯を持って行き、おばあちゃんの夕飯はラップもかけずにそのままテーブルの上に置いていった。

30分後1階に降りてみると、とうに冷め切っているはずの夕飯をレンジもかけずにおばあちゃんが食べていた。そして「いつも夕飯ありがとうね」と・・・。

その言葉は私の胸にグサッと突き刺さり、急に自己嫌悪に陥ってしまった。私、自分のことしか考えてなかった。
昨日の夕飯はきのこハンバーグと旦那の大好きなポテトサラダ。ポテトサラダはそんなに凝ったものじゃなくて、至って簡単なものだけど旦那が「おいしい」と言ってくれるので、我が家の食卓にはよく並びます。ちなみにヨーダがよく作るのはコールスローサラダ。キャベツにハム、コーン、リンゴが入っています。実は私はコールスローが大の苦手。そして酢豚にパイナップルとかサラダにリンゴというものも大の苦手。でもそんなことさえ言えず、コールスローが食卓に上がるたびにヨーダの目を盗んで旦那の皿にパスしています。

まっ、それはおいといて。

昨日、夕飯を作っておばあちゃんに出し、その後帰ってきた旦那と2人でご飯を食べていると・・・またまた出ました、おばあちゃんの「さみしんぼ病」の発作。旦那が帰ってきて甘えられると思ったのか、「待ってました」と言わんばかりのグッドタイミングで。「く、苦しい〜」って。
旦那も半ば呆れ顔で「ほっとけ」って。言われたとおり放っておくと、おばあちゃんてば、私たちが自分にかまってくれないと分かるや否や「トイレ行って来る」とスタスタ歩いて行きました。・・・なんなんだ??

母親が恋しくて熱を出すこどものような状態らしいけど、そんなおばあちゃんは今の私にとって、「ウザイ」の一言です。
「さみしんぼ病」・・・誰が?決して私じゃありません。

それはおばあちゃんです。

心臓病+脳梗塞+糖尿病+白内障+高血圧+鼻炎・・・などなどいっぱい病気を持っているおばあちゃんです。そして今日、新たな病気が加わりました。それは「さみしんぼ病」

眼科の待合室で急に具合が悪くなり、すぐに心臓のかかりつけの病院へ。そこでいろいろ検査をしてもらった結果、どこにも異常なし。どうやら、今まで唯一話し相手だったネコが死んでからさみしんぼ病になったらしい。

私から言わせてもらえば、それはなるべくしてなった病気だと思う。1日中こたつに入り、テレビを見て、ゴハンも上げ膳据え膳で、立ち歩くのはトイレとお風呂に入るときだけ。1日50歩も歩かないと思う。
そんなおばあちゃんにイライラして、私も夕飯を作り終わると早々に2階に退散するし、おばあちゃんには最小限の言葉しかかけない。一切おばあちゃんにかまわない私も悪いけど、今はお腹の赤ちゃんのことと自分の身体のことでめいいっぱいでおばあちゃんどころじゃない。

さっきヨーダに「おばあちゃんにかまってあげて」って言われたけど、どこをどうかまえと?はっきり言ってそこまで面倒みきれません。
おととい、外出から帰ってくると妙に静かなリビング。今日はヨーダが休みだったはず・・・。と思って恐る恐るリビングをそっとのぞいてみたらヨーダが「ばあちゃんが大変なことになった」とのこと。

どうやらおばあちゃんが「家出してやる!!」と大騒ぎした後だったらしい。事の発端はほんのささいなことだったのですが、それでおばあちゃんが一気に爆発したそうです。「自殺してやる!」だの「みんながかまってくれない!!」って。玄関先まで行ったおばあちゃんをヨーダが止め、ヨーダはおばあちゃんに杖で左手をたたかれたそうです。

よかった、私現場にいなくて。出て行くなら勝手にどうぞ。おばあちゃんの年金とヨーダのパート代ではとうてい生活できるはずもありませんから。

そして昨日の夜、ヨーダが「ネコの薬がなくなったんだけど」だって。前に旦那が「ネコのことは(私に)やらせないでくれ」ってハッキリ言ったはずなのに。もう忘れてる。

おばあちゃんといい、ヨーダといい、全く世話のやける方たちです。
おばあちゃんが暗闇でテレビ理由。(おばあちゃん談)
・カーテンを閉めたら私に開けられた。
・電気をつけても私に消された。

言わせてもらいますが、私がカーテンを開けて電気をつけたのは一言、「外がまだ明るかったから」です。

地蔵のように動かないおばあちゃんにイライラしている私を見かねて、とうとう今朝旦那がヨーダに「デイサービス」の話をした。おばあちゃんは心臓にペースメーカーを入れているため、障害手帳1級を持っていて、介護認定も受けている。もちろん医療サービスを受けることができる。それなのに今まで利用しなかったのは、おばあちゃんに行く気がない、そういう場所に行かせることがヨーダにとって抵抗がある、ということらしい。一度見学でもなんでも行ってみればいいのに。今のままでいるよりも、ちょっとでも外に出て、誰かとおしゃべりするほうがおばあちゃんにとっても、私たちにとってもずっといいと思うのですが。
昨日の夜、久々に爆発しました。

夕方5時、国税調査の用紙を取りに来るはずの町内会長さんが5時になっても6時になっても7時になってもまだ来ない。きっと忙しいんだな、と思って私はお風呂の支度。お風呂大好きの私にとって、この時間が一番リラックスできるときです。なのに、なのに!!お風呂から上がりかけているときにチャイムの音が。おばあちゃんが出てくれると思い、安心していたら全く出る気配なし。半裸&ぬれた髪のまま急いでインターホンに出て、ようやく玄関先に出たのです。なんで出てくれないの??

夕方になってもカーテンを閉めず、部屋の電気もつけず、真っ暗な中テレビを目を細めて見ているおばあちゃん。朝食も夕食も上げ膳据え膳で、定位置から移動するのはトイレとごはんの時だけ。外出するのは病院に行くときの月に2回。庭に出ることも、縁側に出ることも、しようともしない。毎日のおしゃべりの相手は年老いたネコと画面の中のみのもんた。

最近おばあちゃんへのイライラがたまっています。インターホンにも出ないおばあちゃんに「私がお風呂に入っているときぐらい出てください」と言ったら「聞こえなかった」だって。みのもんたの声は聞こえてもチャイムの音は聞こえないらしい。「どうして電気つけないんですか?」って言ったときは「明るいと虫が入ってくるから」と言い訳をするおばあちゃん。

しかも昨日、私への反抗か、おばあちゃんは私がお風呂から上がったあともずっとお風呂に入らず、そのままテレビを見ていたらしい。いつもお風呂から上がったら「お先しました」って言うのに、昨日は何にも言わないで2階に上がったからかな。それがまた腹立たしい。

ネコは今朝もヒステリーみたいにかわいくない鳴き声でギャーギャーうるさいし、全く気分が悪い。

なので今日はお友達と映画を見て、楽しく過ごしてきます。同居してからさっぱり私が家に居つかない原因、あの2人には悟る頭もないだろうな。
そういえば、最近日記に登場しなくなった我が家の問題人のおふたり。

ひとつめの日記と一緒になるのがイヤだったので、もうひとつ別に付けました。

おばあちゃんは相変わらず朝から晩までリビングに引きこもってテレビ三昧。席を立つのはトイレとゴハンのときだけ。夕方暗くなっても私が夕飯の支度に1階に降りるてくるまで、部屋真っ暗にしてテレビ見てるの。私が電気をつけるのを待っているらしい。電気くらい自分でつけてよ〜。テレビの明かりにボンヤリと浮かぶおばあちゃんの顔、ホントこわいんだから。

ヨーダは相変わらず元気です。いつもドタドタバタバタしています。でも妊娠してから旦那のお弁当をお休みさせてもらっているせいか、毎朝台所で顔を合わせることもなくなり、遭遇回数はぐっと減りました。

そんなこんなのお二人です。さしあたっての気になる事はおばあちゃんのボケがいつ始まるか、超高齢ネコはいつ寿命を迎えるのか、どっちが先か、かな。
昨日ポストをのぞいたら、郵便物と一緒に1枚のチラシが入っていた。

「○○墓園 永代使用料△△円」

最近、こういうチラシをまじまじと読んでいる私。この前は「終身介護施設」のチラシを読んでました。

今、日本は4人に1人が65才以上らしい。平均寿命が男77.8才、女85.0才。

うちのおばあちゃん77才、ヨーダ54歳。

まだまだです。
昨日はおばあちゃんの77回目の誕生日。「喜寿」っていうんだっけ。まったく気づかない私は、「今日から9月か〜」なんてしか思ってなかった。友達も遊びにきたからウキウキしてたしね。

昨日の夜、仕事から帰ってきたヨーダが私たちの部屋に来て「今日おばあちゃんの誕生日だったんだよ、明日でいいから『おめでとう』って言ってあげて」と言い残して去っていった。ちなみに昨日の夕飯はマーボー豆腐。いつもとなんら変わり映えのしない夕飯。ケーキが出るはずもなく。おばあちゃん、糖尿病だからケーキは食べられないんだけど。

で、今朝「昨日はお誕生日おめでとうございます」って言おうと思ったのに、この口がなかなか開かないんだな、これが。忘れてしまった罪悪感もあり、ヨーダが見ている前で、ヨーダの言う通りに声をかける気持ちにもなれず、結局言えずじまいの朝でした。

こうして毎年ヨーダ&おばあちゃんの誕生日を迎える度にお祝いしなくちゃいけないんだろうか?「おめでとうございます」って言ってプレゼントのひとつでも手渡さなくちゃいけないんだろうか。ハッキリ言ってめんどうくさい。

今年の「母の日」は特になんにもしないつもりだったが、義弟がヨーダの大好物のビールを箱で買ってきて置いていった。そうなったら何もしない訳にはいかないので、旦那もビールを買ってきたようだった。それをヨーダが見つけ、私に「これ、母の日のプレゼント?」と聞いてきたときは「分かりません」としか答えなかった。

人になにかプレゼントすることは決してキライではない。「これ、気に入ってくれるかな?」「あの人にピッタリ!!」なんて思いながらあれこれ探すのも、楽しい。だけど、ヨーダとおばあちゃんになにか贈ることは、ホント楽しくない。なぜなら今まで贈ったものはなにひとつ使われた形跡がないから。沖縄土産の泡盛も、新婚旅行先で買ったお菓子も、私の両親から贈られたギフトも手付かずのまま捨てられ、母の日に贈ったカーネーションも笑いながら「枯れちゃった〜」と言ってゴミに出され、低反発のマットレス&枕も「硬いから」と言って、使う予定もなし。だったら最初からあげなきゃいい、と最近ようやく悟りました。

9月はおばあちゃんの誕生日&敬老の日、1月はヨーダの誕生日、5月の母の日・・・。毎年こういうことに煩わされるのかと思うと頭が痛くなってきます。
おばあちゃんが24日に退院することになりました。一応、よかったね・・・。素直に喜べないけど・・・。

脳梗塞で左半身にちょっとばかし後遺症が残っている状態で、さらにペースメーカーを入れて帰ってきます。私、大丈夫なんだろうか。はじめての妊娠、つわりがピークで、自分のことで精一杯なのに、障害者3級から1級に上がったおばあちゃんの面倒までみられるんだろうか。

なんだかとってもお先真っ暗。誰だって年はとっていくけど、自分は将来は誰のお世話にもなることなく、老後を迎えたいなぁと勝手なことを思っています。

10日目

2005年8月17日 おばあちゃん
困ったおばあちゃんが入院して10日が経ちました。経過は順調なようですが、まだ退院の日は決まっていません。

おばあちゃんが入院してからヨーダ、旦那、私の3人の生活になり、今までおばあちゃん主体の夕飯作り(高血圧+歯がない→薄味、低カロリー+やわらかいもの)だったのが、そんなこと考えなくてもよくなったので、かなり楽になりました。

一番楽なのは味噌汁を作らなくてもいいことかな。つわりで味噌汁は一切受けつけなくなったため、味噌汁作りがないのは精神的にも大変よろしい。あ、それから夕飯作ってるときのあばあちゃんの視線がないのも・・・。だって夕飯作るとき、おばあちゃんいつもじ〜〜〜〜っと見てるんだもん。お願いだから見ないで!!って感じです。

いやいや、別におばあちゃんに退院してほしくない訳じゃないのよ。ただ、おばあちゃんのいない生活はラクチンだなってことで。・・・あ、全然フォローになってないや。
我が家には困ったちゃんがヨーダともうひとりいる。それはおばあちゃん。

最近は、旦那が夏休みでめっきりヨーダと顔を会わせる機会もなく、ヨーダも私を気遣ってくれているようで、特に問題はない。逆に、毎日おばあちゃんがいる病院に通っているヨーダは大変なのに、私が大した手伝いもできなくて、申し訳ないとさえ思っていた。

そんな昨日の夜。旦那から聞いた話。
入院中のおばあちゃんが息子(ヨーダの弟)に電話をしたらしいのだが、「うちは嫁と姑(ヨーダ)が毎日ケンカをしている」だの「娘(ヨーダ)にいじめられている」だの、みのもんたが喜びそうな話題を提供したらしい。ケンカもしてないし、誰もおばあちゃんをいじめていませんってば。

この笑えない状況に私も旦那もヨーダも、大きなため息。きっと息子の気を引きたかったんだろうね。心配してもらいたかったんだろうね。「悲劇のヒロイン」をやってみたかったんだろうね。

(´ヘ`;)ハァ・・・。
 つわりが始まり、いつもの体重より3キロ減。うれしいけど、ちょっと心配。

 今日は旦那とお買い物。ベビー用品を見ているだけでなんだかほんわか幸せ。まだ早いけど、あの小さなくつしたとか見てると欲しくなっちゃう。今日は「はじめての妊娠」なる本を購入。これからみっちり勉強します。それにしても妊娠って神秘的。最初は卵だったのが、たった10ヶ月で一気に進化の過程をたどるなんて赤ちゃんスゴすぎ。

 話は変わっておばあちゃんが入院しました。おととい、私たちが外出先から帰ってきたら、1階リビングから「ハァハァ」と苦しそうな声が。ドアを開けたらおばあちゃんが倒れていて、救急車で病院へ。
 でも、救急車に乗ったおばあちゃんは安心したのか、救急隊の人に得意の「みのもんた」と「死んだおじいちゃん」の話を意気揚々と話していたから、私たちも「こりゃ大丈夫だ」と安心していました。
 ところがところが検査の結果、ペースメーカーの手術をすることになって結局「みのもんた」どころの騒ぎじゃなかった。おばあちゃん、「みのさん」はもういいから・・・(ーー;)

忘れ物

2005年7月22日 おばあちゃん
忘れ物
 今朝、いつものように駐車場まで旦那を見送った。
ここから見える信号付近で手を振るのが毎日の日課である。
今朝も同じように手を振った。だけど信号が変わりそうだったのか、急いでいた旦那に手を振り返してもらえなかった。

ショボーンとして玄関に向かうと後ろからクラクションの音。旦那の車だ。急いで駆け寄り、「どうしたの?忘れ物?」と聞くと「手振るの忘れた」だって。ちょっと泣きそうになった。

 来週で私たちは4回目の結婚記念日を迎える。出会って5年、結婚して4年。まだまだ付き合いは浅いけど、彼はいつでもなにがあっても私の味方でいてくれる。同居が始まってから、困らせる回数も多くなったけど私は彼がいるから頑張れるんだな。

最新の日記 一覧

<<  2025年6月  >>
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293012345

お気に入り日記の更新

この日記について

日記内を検索